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Bible Message

毎週の礼拝で語られる聖書のメッセージ、その要約です。
バックナンバーのページでは、音声(録音したメッセージ)も聴けます。
ダウンロードも自由です。どうぞ、お聴きください。
 
『信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによる』
                                 ローマ10:17
<2026年7月26日礼拝メッセージ
 マルコ10:1~12 「未婚・離婚・再婚」


 聖書理解において、致命的な過ちがある。一つは「自分の欲望・願望フィルターを通して解釈する」という事だ。パリサイ人も「離婚状さえ書けばいつでも離婚出来る」と身勝手に考えていた(4)。
 現代においてのもう一つの過ち、それは「旧約聖書を生活の規範にしてしまう」という事だ。例えば十戒。殺すな、盗むな…は道徳的にも通用する事だが「安息日を守れ」は純粋に律法だ。それを盾に「日曜礼拝厳守」と規定するのは律法主義であり、2重に間違っている。
 確かに、主も「夫婦は一心同体」と言われた(5~9)。ただ、それは「最初はこうだった」という事、つまり「夫婦は離婚する為に結ばれたのではない」という牽制である。ただ、人間に罪が入ってからはそれは崩壊してしまっているゆえに「離婚もやむなし」という場合が起こり得る。それでモーセは離婚を許可した。だからと言って、身勝手で一方的な離婚を正当化する訳には行かないと、パリサイ人に対して釘を刺しているのである。所が教会は「夫婦は一心同体であるべき」として、旧約聖書をそのまま生活の規範とする。そこに悲劇がある。
 弟子達は、その問題について主に尋ねた。すると主は「再婚は姦淫だ」と思える様な事を言われた(10~12)。果たして、再婚は姦淫なのか。いや、文脈から考えるなら「正当な理由が無いのに、自分勝手に離婚状を叩き付けて、一方的に妻を追い出してから他の女性を妻にするなら、それは姦淫だ」という事だ。つまり、元の妻との離婚に正当性が無い(婚姻関係が正しく解消されていない)のに他の女性と関係を持つ、それが姦淫だという事である。 決して、単純に「再婚禁止」と言っているのではない。むしろパウロは「若いやもめは再婚しなさい」と言っている(Ⅰテモテ5:14)。落ち着いた生活をする為にである。
 書いてある通り、そのまま信じる(単純な信仰)という事が美徳とされている様だが、それは言い換えれば、悟る気が無いという事ではないだろうか。とにかく聖書の教えは、離婚禁止でも再婚禁止でもない。そして大切なのは、離婚する事でも再婚する事でもない。聖書をいかに正しく読むか、それが大切だ。私達は心を尽くして、神の御心を求めて歩もう。

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