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CROSSROAD GOSPEL CHURCH
Bible Message
毎週の礼拝で語られる聖書のメッセージ、その要約です。
バックナンバーのページでは、音声(録音したメッセージ)も聴けます。
ダウンロードも自由です。どうぞ、お聴きください。
『信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによる』
ローマ10:17


<2026年5月24日礼拝メッセージ>
マルコ7:1~23 「目的と趣旨」
沢山ある口伝律法(3~4)に対して主は「言い伝えを守る為に神の戒めを蔑ろにしている」と言われた(6~9)。そんな本末転倒を「沢山している」と言うのである(10~13)。因みに、主が「裁くな」と言われたのは「口伝律法に基づいて裁くのを止めよ」という趣旨であって、罪の指摘や悔い改めを迫る事を禁じているのではない。
その後、主は「口から入る物は人を穢さない」と言われた(14~19)が、実際には、過剰に摂取すると体に害となる物がある。水や塩でさえ、時には死に至る原因となる。では「全ての食物を聖いとされた」とはどういう事か。パウロは主にあっての確信として「それ自体で穢れているものは何一つ無い」と言う。ただ「穢れていると認める人にとっては穢れている」のだとも(ローマ14:14)。例えば、麻薬。それは身勝手な快楽、あるいは不法な金儲けの為の物…と認識する人にとっては穢れた物(忌み嫌われる物)であると言える。しかし、医者にとってそれは、患者の苦しみを和らげる為の物であって、決して穢れた物などではないのである。シンナーも同様。塗装業者にとっては作業に欠かせないものだ。だから、何が聖いか、穢れか…は一概には言えない。らい病も患者は穢れていると聖書は言うが、それが全身に広がった場合は聖いと言うのであるから。御言葉の趣旨を知る事が必要だ。
主は「また言われた」。「人の心から出るもの(悪い考え、貪欲、高ぶり、愚かさ…)それらの悪が人を穢す」と(20~23)。だから、へりくだれ、高ぶるな、貪欲を捨てろ、と教会は教えるかもしれない。それは尤もだが、心の中の一切の悪を捨てろと言うなら、それは律法主義だ。御言葉の趣旨を見失っている。主は何が言いたいのか。「食べ物は他人を穢さない」という事だ。すなわち「手を洗ってからパンを食べよ」と言う口伝律法は人を聖くしない…それが主の御言葉の趣旨である。だからと言って、高ぶっていいという事ではないが、愚かなクリスチャンは地獄…という事でもないのである。
福音こそが、人を聖めるものだ。ただ、肉の体にある内は、完全にはなれない。ましてや、現代版口伝律法の様な「人間の教え」では苦しむばかりだ。純粋な福音・真理によって解放と自由を得よう。
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