top of page
CROSSROAD GOSPEL CHURCH
Bible Message
毎週の礼拝で語られる聖書のメッセージ、その要約です。
バックナンバーのページでは、音声(録音したメッセージ)も聴けます。
ダウンロードも自由です。どうぞ、お聴きください。
『信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによる』
ローマ10:17


<2025年11月16日礼拝メッセージ>
マルコ1:1 「キリストの福音」
マタイの福音書はユダヤ人向けに書かれ、マルコはローマ人向けに…等と言われているが、その様な分類とは違う面がマルコにはある。それは、マタイやルカはキリストの生涯(系図、誕生物語、幼少の頃のイエス…)を描いている(伝記的である)のに対し、マルコは「キリストの福音」に特化した書である(福音とは何か…を、キリストの言動を通して示そうとしている)という事だ。
福音、それはパウロが示している通りであり(Ⅰコリント15章)、他に福音は無いと聖書は言う。しかしマルコは十字架と復活しか書いていない訳ではない。思うに、マルコは「生きる力としての福音」を描こうとしているのだろう。つまり、まず十字架と復活は「永遠の命を生きる為の力」であって、欠かす事の出来ない「キリストの福音」だ。では、地上で生きる力は福音には無いのか。それをキリストは与えてくれないのかと言えばそうではない。「地上で生きる力」それも「福音」なのである。勿論、それも「十字架と復活」があってこそのものだ。それ抜きで「地上で生きる力」と言えば、やはりお金という事になってしまう。あくまでも信仰に基づく「生きる力」でなければならない。
そこで「地上で生きる力」だが、たとえ財産や名誉があっても、希望が無ければ人は生きて行けない。その希望を失わせようとするのは誰か。サタンである。その手口は、偶像、無神論、口伝律法等、常に偽りによってである。ゆえに、そういうものから解放される事(偽りからの解放)が生きる力・希望となるのであって、それが「福音」なのである。すなわち、真理を知る事によって偽りから解放され自由になるという事だ。では、真理とは何か。それは、キリスト御自身だ。主は言われた。「私が真理だ」と。だから、キリスト御自身が「福音」だと言って過言ではないのである。キリストは、信じる者に永遠の命と共に、地上で生きる力も与えてくれる。逆に言えば、キリスト無しでは永遠の命も地上の命も無いのだ。
キリストによって今、私達は命が支えられている。そして、キリストの十字架と復活のゆえに永遠の命が約束されている。それらが福音なのだ。この福音を受け取って力強く生きる者となろう。
bottom of page
