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Bible Message

毎週の礼拝で語られる聖書のメッセージ、その要約です。
バックナンバーのページでは、音声(録音したメッセージ)も聴けます。
ダウンロードも自由です。どうぞ、お聴きください。
 
『信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによる』
                                 ローマ10:17
<2026年2月1日礼拝メッセージ
 マルコ3:7~19 「退く王」


 人々に福音を伝える為にわざわざ出て来たはずなのに主は、退かれた。マルコは、そこに注目する。では、主が退いた理由は何か。まず、パリサイ人達が主への殺意をむき出しにし始めたからだ(6)。が、まだ十字架の時ではない。もう一つは、大勢の人が押しかけて来たから。将棋倒しを避ける為に小舟に身を引いた(7~10)。そして、悪霊が余計な事を言うから身を隠そうとした(11~12)。全ては、救いの計画の完成の為に、退かざるを得なかったという事だ。更に、山に登ったが、それは祈りや休息の為が常で、言わば退いたという事だが、今回は12使徒の任命というミッションがあった。余談だが、ヤコブとヨハネにはボアネルゲというあだ名を付けた。二人に同じ名前だと呼ぶのに困ると思うが、あだ名は霊的性質の指摘であって日頃の呼び名ではないのだろう…例えば主はペテロを、いつもシモンと呼んだ。
 さて驚くのは、主はユダをも使徒に「望んだ」という事だ(13)。恐らく、ゲッセマネでの祈りの様に「願わくは、この杯を取り除いて…しかし御心の通りに…」と苦しい祈りの末に選んだのではないか。救いの計画の完成の為にだ。ならば15節はどうか。主は悪霊を滅ぼす為に来たのではないはずだが、弟子達には積極的に悪霊を追い出させるのは何故か。そもそも、悪霊に取りつかれた人がそんなに沢山いたのか。日本なら偶像だらけだが、仮にも真の神を信じる人々の中に…。
 マルコ16章に「たとえ毒を飲んでも害を受けず」とあるが、信じて実行した人はいないだろう。問題は毒とは何かだ。クリスチャンを霊的に滅ぼす「毒」それは偽りの教えだ。だから、悪霊を追い出す(偽りを跳ね返す)為に、使徒達には「福音を宣べさせ」た。真実な福音を語ってこそ偽りを追い出せるというものだ。これは悪霊の追い出しを否定するのではなく、あくまでも霊的な側面での話であるが。
 とにかく主は退いた。肉的な勝利を取る王ではない。だからパリサイ人達を返り討ちにせず、病人達を拒まず…これがイザヤの預言(傷んだ葦を折らず、くすぶる燈心を消さず)の成就である。最後に、ユダに裏切られる(19)。それで完全に地上から退く事となる。それも福音(救いの計画)の完成の為だ。それが真の王としての主の姿である。

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